相殺の基本と相殺予約:書かなくてもできることを、なぜ条項にするのか

10 共通条項の条項別解説

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 問題の所在:相殺は契約に書かなくてもできる

自社は取引先に、商品の売掛金として100万円の債権を持っています。一方で、取引先から部品を仕入れているので、80万円の買掛金も負っています。取引先の資金繰りが怪しくなってきたので、80万円は払わずに、100万円の売掛金とぶつけて消してしまいたい。

これが相殺です。二人が互いに同種の目的を持つ債務を負っていて、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は対当額について相殺によってその債務を免れることができます(民法505条1項)。相殺は、契約書に何も書いていなくてもできます。

それなのに、多くの取引基本契約には相殺の条項が置かれています。何のために置くのでしょうか。

相殺予約の条項は、相手方に対して債権を持つ当事者が、その債権の弁済期が到来していない場合でも、相手方に対する債務と対当額で相殺できる旨を定める条項です(注1)。条項を置く意味は、民法が定める相殺の要件のうち、弁済期の要件を契約で前倒しすることにあります(注1)。

本稿は、相殺の法律上の枠組みを確認したうえで、相殺予約が何を変え、何を変えないのかを整理します。


二 制度の枠組み

1 法定相殺の要件:相殺適状

民法505条1項が求めるのは、次の3つです。

要件内容
同種の目的互いの債務が、たとえば金銭債務どうしであること
弁済期双方の債務が弁済期にあること
性質上の許容債務の性質が相殺を許さないものでないこと(505条1項ただし書)

このうち実務で問題になるのは、弁済期です。相殺をするには双方の債権が弁済期にあることを要しますが、相殺をする者に対する債権(相手方が持つ債権)は、相殺をする者が期限の利益を放棄することによって弁済期が到来したことと同じになります。そのため、実際には、相殺をする者が持つ債権の弁済期が到来しているかどうかで、相殺の可否が決まります(注2)。

一の例でいえば、自社が払うべき80万円の買掛金は、支払期日が来ていなくても、自社が期限の利益を放棄すれば足ります。問題は、自社が受け取るべき100万円の売掛金の支払期日が来ているかどうかです。

2 相殺の方法:意思表示によってする

相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってします。その意思表示には、条件や期限を付けることができません(民法506条1項)。相殺の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼって効力を生じます(同条2項)。

意思表示は相手方に到達する必要があり、意思表示があったか、その時期がいつだったかを後で立証する場合に備えて、内容証明郵便等による書面で通知するのが一般的です(注2)。通知の到達をどう扱うかは、別稿「通知条項の設計:到達主義と通知方法」で扱いました。

3 相殺禁止特約

当事者は、相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をすることができます。ただし、その意思表示は、第三者がこれを知り、または重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができます(民法505条2項)。相殺の禁止は、当事者の合意があれば一般的に許容されます(注3)。

条文の構造からいえば、相殺禁止特約は当事者の間では効力を持ちますが、第三者に主張できるのは、その第三者が特約を知っていたか、知らないことに重大な過失があった場合に限られます。相殺禁止特約を置いても、特約を知らない第三者が関わる場面ではその効果が及ばないことがある、ということです。

4 法令による相殺の禁止

法令が相殺を禁じている場合もあります。悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務と、人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務は、その債務者の側から相殺をもって債権者に対抗することができません(民法509条本文。債権者がその債権を他人から譲り受けたときは除かれます(同条ただし書))。差押えを受けた債権を受働債権とする相殺には、民法511条の制限があります。

5 相殺予約とは何か

ここで相殺予約が出てきます。

民法のままでは、自分の債権の弁済期が来ていなければ相殺できません。相手方が手形の不渡りを起こすなど信用不安の状態に陥った場合に、契約上、自分の債権は2か月先にしか決済できないというのでは、債権回収に支障が生じます(注2)。

民法上は、相殺を行うために双方の債務の弁済期が到来していることが必要です。もっとも、自らの債権(自働債権)の弁済期が到来していない状態でも相殺できる旨を「予約」する条項を合意することで、自らの債権回収の確実性を高めることができます(注1)。

第〇条(相殺予約) 甲は、本契約に基づき乙に対して債権を有する場合には、弁済期にかかわらず、いつでも乙に対して負担する債務(本契約に基づく債務に限らない)と対当額にて相殺することができる。(注1)

同じ効果を得る方法は、もう一つあります。一定の信用不安の事由が生じたときに期限の利益を喪失するという条項を置いて、自動的に弁済期を到来させる方法です(注2)。期限の利益喪失条項に基づいて期限の利益を喪失させることができた場合には、相殺予約と同様の効果がもたらされます(注1)。

2つの方法の違いは、弁済期を来させるための条件があるかどうかです。期限の利益喪失条項は、喪失事由に当たる事実が起きなければ働きません。「弁済期にかかわらず」と書いた相殺予約は、そうした事由を要しません。


三 解釈:相殺予約の効力はどこまで及ぶか

1 原則として有効

相殺予約の条項の効力は、原則として有効と解されています(注1)。

2 法令上の相殺禁止には及ばない

その一方で、法令上、相殺が禁止されている場合には、相殺予約の条項に基づく相殺の効力は認められません(注1)。民法509条の禁止、募集株式の引受人の出資の履行をする債務と株式会社に対する債権との相殺を禁じる会社法208条3項、自働債権の取得時期や受働債権の負担時期によって相殺を禁止する破産法71条以下が、その例です。理由は、次のとおりです(注1)。

相殺予約の条項は、あくまで自働債権の弁済期が到来していない場合であっても相殺することができる旨を合意する条項にすぎないことから、性質上、相殺できないことが法令上定められている場合には、相殺予約に基づく相殺の効力が認められるものではないことは当然である。(注1)

相殺予約が動かすのは、弁済期の要件だけです。民法505条1項の他の要件や、法令による相殺の禁止は、条項を置いても変わりません。

3 取適法の規制

取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)の規制にも、留意が必要です(注1)。委託事業者が、自己に対する給付に必要な原材料等を中小受託事業者に自己から購入させた場合に、中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、その原材料等を用いる給付に対する代金の支払期日より早い時期に代金の額から原材料等の対価を控除することなどを禁じる規制があり、支払期日より早い時期に代金の支払債務を相殺すると、同法違反になります(注1)。

相殺予約の「弁済期にかかわらず」という文言は、取適法の対象となる取引では、そのまま使えない場面があるということです。

4 通知を省く条項

相殺は債権回収の選択肢として一刻を争うことがあり、郵便での通知を必要とするのでは間に合わないこともあります。そこで、「通知を要することなく相殺されたものとする」と規定することが考えられます(注2)。

ただし、民法506条1項は、相殺は意思表示によってすると定めています。通知を省く特約は当事者間の合意なので、差押債権者や債権の譲受人など、合意の当事者でない第三者との関係でもその効果を主張できるかは、別に考える必要があります。相殺の意思表示が到達したとみなす特約を第三者との関係で扱った判決は、別稿「通知条項の設計:到達主義と通知方法」で紹介しました。


四 契約実務への還元

1 相殺予約を書く場面

売主の立場からは、相殺は代金を回収する単純かつ簡易な方法の一つなので、代金回収を確実にするために、自己の相殺権を広く確保することが重要です(注3)。立場ごとの書き方は、次のとおりです(注3)。

【売主側変更例】 1 乙の甲に対する本契約に基づく売掛金債務は、買主としての最も基本的な義務であるから、乙が甲に対して何らかの債権を有する場合でも相殺することはできない。 2 甲は、乙に対して、本契約に限らず、何らかの債権を有する場合には、弁済期に関わらずいつでも乙に対し負担する債務(本契約に関する債務に限らない)と対当額において相殺することができる。(注3)

1項が買主からの相殺の禁止、2項が売主のための相殺予約です。売主としては、相殺予約で自らの相殺権を広く確保しつつ、買主による相殺を禁止する条項を設定するのが最も有利です(注3)。

書くときに決めるのは、次の2点です(注1)。

決めること選択肢
相殺できる当事者一方の当事者だけにするか、双方にするか
対象の債権・債務当該契約に基づくものに限るか、他の契約に基づくものまで含めるか

双方の当事者に相殺を認め、対象も広く取る条項例は、次のとおりです(注1)。

第〇条(相殺予約) 甲および乙は、相手方に対して債権(本契約に基づく債権に限らない)を有する場合には、弁済期にかかわらず、いつでも相手方に対して負担する債務(本契約に基づく債務に限らない)と対当額にて相殺することができる。(注1)

売主側変更例の2項は「本契約に限らず」「本契約に関する債務に限らない」と、双方の範囲を広く取っています(注3)。他の契約でも取引がある相手なら、この広さが回収の場面で効きます。

2 自社が相殺される側になるときの防御

相手方のひな型に、相手方だけが「弁済期にかかわらず」相殺できる条項が入っていたら、どう考えるか。

買主から相殺を広く認めることは、売主にとって、資金繰りとして見込んでいた現実の支払が確保できなくなるリスクになります(注3)。立場を入れ替えれば、相手方の相殺予約は、自社が受け取るはずの代金が、自社の知らないうちに相手方の債権と相殺されて入ってこなくなるリスクです。

防御の手は、次のようになります。

  • 相殺予約を双方向にする。相手方にだけ認めるなら、自社にも同じ権利を置くよう求める
  • 対象を当該契約に基づく債権・債務に限る。他の契約の債権まで持ち込まれないようにする
  • 相殺したときは、相殺した債権・債務と金額を書面で通知する義務を置く。通知を省く条項は受け入れない

買主にとっても、売主との間で相互に商品やサービスを提供し合う関係にあり反対債権が発生しうる場合には、決済の簡易化や自らの代金回収のため、幅広い相殺合意や相殺予約を規定しておくのがよいところです(注3)。相殺予約は、どちらの立場でも、自社にも反対債権が生じうるかどうかで要否が変わる条項です。

3 期限の利益喪失条項との関係

二の5で見たとおり、相殺予約と期限の利益喪失条項は、どちらも弁済期を来させて相殺を可能にする条項です(注1)(注2)。信用不安の場面では、この2つに解除条項や譲渡禁止条項が一緒に動きます。条項どうしの噛み合わせは、別稿「倒産時に効く条項の束:一つずつは正しいのに、つながっていない」で扱いました。

本稿で扱わなかったこと

取引先の債権が差し押さえられた場面で、自社の相殺が差押債権者に対抗できるか(民法511条)は、別稿「差押えと相殺の優劣:差押え前に取得した債権と、相殺予約の効力」で扱いました。取引先が債権を第三者に譲渡した場面で、自社が譲渡人に対する債権で相殺できるか(民法469条)も、本稿では扱っていません。

倒産手続での相殺の制限(破産法71条以下)は、相殺予約でも動かないことを三の2で触れるにとどめました(注1)。

商人間で一定期間の債権債務を一括して相殺する交互計算(商法529条以下)は、本稿では扱っていません。


参考文献等

註

(注1)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)107〜110頁
(注2)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式〔第3版〕』(有斐閣、2025)60〜62頁
(注3)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)57〜59頁


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