一 どういう場面か:ひな型に特約を足して調整する
契約書のひな型は、そのままでは条件に合わないことがあります。そこで末尾に特約事項の欄を作り、「第○条は適用しない」と書いて調整する。不動産の売買や賃貸借では、定型の書式が使われるため、この形が特によく見られます。
社内の事情も後押しします。ひな型は法務や本部が作ったもので、本文を直すには決裁が要る。特約なら現場で足せる。本文を触らずに結論だけ変えられるので、特約は使い勝手のよい道具に見えます。
ところが、この形は事故を起こします。2017年の民法改正前の瑕疵担保責任の事案ですが、売買契約書に次の特約が置かれていました(注1)。
特約事項 第17条(瑕疵担保責任)の条文を破棄する,建物については現況建物で売買する。(注1)
売主は、これで瑕疵担保責任を負わないつもりでした。買主は、土地の地中から産業廃棄物が大量に見つかったとして、撤去費用と土壌調査費用の支払を求めました。結論は、売主の敗訴です。1339万8294円の支払が命じられています(注1)。
この記事は、そうならないための見方と直し方を扱います。
二 何を見るか
1 どの条項の適用を排除しているか、特定できるか
まず、特約が何を消しているのかを読みます。
前記の事案で、裁判所は契約書17条の中身から検討を始めました。同条は改正前民法570条および566条と比較すると、瑕疵修補請求ができる旨が明示され、解除や損害賠償請求等の権利行使ができる期間が本物件の引渡し後1年に限定されており、民法の条文の特約と位置付けられる内容になっている、というものです(注1)。
そこから、次の判断が導かれます。
本件特約条項は,これを破棄するというのであるから,上記のような特約を排除して民法の原則に委ねる趣旨と解するのが自然であり,民法上の瑕疵担保責任を免除するというのであれば,契約上これを明示するのが相当であり(注1)
「17条を破棄する」と書いても、消えるのは17条だけです。17条は民法の特約でしたから、それを消せば民法に戻る。売主が意図した免責とは、逆の結果になりました。
契約書の契約不適合責任の規定を適用しないとするだけでは、売主の民法上の契約不適合(瑕疵担保)責任までは免除されません(注2)。
2 排除した結果、他の条項が空回りしないか
条項は単独では働きません。ある条項を消すと、それを参照している別の条項が宙に浮きます。
責任制限条項が「第○条(契約不適合責任)に基づく請求について、賠償額は代金額を上限とする」と書いているのに、その第○条を特約で消したとします。上限は何にかかるのか。契約不適合責任は民法に戻っているので、上限条項の指す条番号は空振りになります。
レビューでは、消す条項の条番号を契約書全体で検索します。他の条項から参照されていれば、そちらも直す必要があります。
3 特約の射程が、目的物の一部にとどまっていないか
同じ特約の中で、効く部分と効かない部分が分かれることがあります。
前記の特約は「第17条(瑕疵担保責任)の条文を破棄する,建物については現況建物で売買する」というものでした。裁判所は、本件特約条項には本件建物については「現況建物で売買する。」と付言されていてその趣旨が示されているようでもあるが、少なくとも本件土地についてはその趣旨が明示されているとは言い難い、としています(注1)。
建物に関する記載はあったものの、少なくとも土地について免責の趣旨が明示されているとは認められませんでした。争いになったのは土地のほうでした。特約を足すときは、それが目的物のどこまでを覆うのかを書き切る必要があります。
4 あとから足した特約が、相手方に伝わっているか
特約は交渉の終盤に足されます。そこに、説明が届いていないという問題が生まれます。
前記の事案では、仲介業者が当初送った契約書の原案に特約条項の記載はなく、その後に売主の求めで加入されました(注1)。重要事項説明書には特約条項についての説明が記載されていませんでした(注1)。
裁判所は、特約を免責の趣旨に解するのであれば、少なくとも重要事項説明書において記載の上買主に説明するか、記載しないのであれば当事者(特に不利になる買主)に対して十分に説明の上合意をしておく必要があると解される、としました(注1)。そのうえで、本件土地について免責の趣旨である旨の十分な説明がされたとはいえないから、本件土地について民法上の瑕疵担保責任を免除する特約としての効力は認められない、と結論づけています(注1)。
条項が契約書に入っていることと、その意味が合意されていることは別に判断されます。
5 特約が義務を作る側のとき、期限が書かれているか
特約は、責任を消すためだけに使われるわけではありません。「これをやります」と約束を足す使い方もあります。そのときは、いつまでにやるのかが問題になります。
賃貸借の事案では、契約書に「本物件入居後に(中略)リビング床の補修を行う」旨の特約が明記されていました(注3)。時期は書かれていません。賃貸人は、期限の定めのない債務だから請求を受けて初めて遅滞になると主張しました。
裁判所は、これを退けています。
あえて特約条項に未補修部分と明記した上で被告が補修を約したものであることからすれば,原告及び被告ともに,本件契約締結後,速やかに補修工事を行うことを念頭に置いていたものと理解するのが合理的であり,原告からの請求を受けて初めて遅滞に陥るべき期限の定めがない債務(民法412条3項)であると理解するのは,当事者の意思に合致するものとは思われない(注3)
結論として、補修工事に必要な相当期間内に履行する旨の不確定期限が定められていたと認められました。そのうえで、賃貸人側がその期間内に口頭の提供(民法493条ただし書)もしていなかったとして、賃貸人は履行遅滞の責めを免れないとされました(注3)。使用収益を妨げられたことによる損害として、月1万円程度、合計12万円の賠償が命じられています(注3)。
三 直し方:排除ではなく、本文を直す
1 いちばん確実なのは、本文を書き換えること
特約で条項を消す形は、読む人の負担が大きい。本文を読み、末尾の特約を読み、頭の中で差し引きして初めて内容が分かります。締結から数年後、担当者が代わってから紛争になったとき、この作業が正しくできる保証はありません。
本文を直せるなら、直します。条項の削除・修正で足りる場面で特約を積み上げる理由は、多くの場合、契約の中身ではなく社内の決裁の都合です。
2 特約を使うなら、消す範囲と残る帰結の両方を書く
本文を直せない事情があるときは、書き方で補います。改善例は、次の形です(注4)。
(特約条項) 第○条 売主と買主は、第○条(契約不適合責任)を適用しないこととし、売主が民法上の契約不適合責任を負わないことを確認する。(注4)
前段が「契約書のどこを消すか」、後段が「その結果どうなるか」です。二の1で見たとおり、前段だけでは民法に戻ります。後段まで書いて、初めて意図した結論になります。
義務を作る特約であれば、期限を足します。「本物件の引渡し後○日以内に」と書いておけば、二の5の争いは起きません。
3 目的物や場面を、特約の中で特定する
二の3の問題への対応です。目的物が複数あるなら、どれについての特約かを書きます。
(特約条項) 第○条 売主と買主は、本件土地および本件建物のいずれについても、第○条(契約不適合責任)を適用しないこととし、売主が民法上の契約不適合責任を負わないことを確認する。ただし、売主が知りながら買主に告げなかった事実については、この限りでない。
ただし書は、民法572条の考え方を条項に落としたものです。全部免責の形は相手方の抵抗を招きますが、この留保があると通りやすくなります。
四 相手方への説明のしかた
特約を本文の修正に置き換えるよう求めると、相手方からは「ひな型は変更できない」という反応が返ってきます。定型書式を使っている場合や、社内規程でひな型の改変が禁じられている場合です。
そのときに使えるのは、二の1と二の4で見た裁判例です。特約で消したつもりのものが消えていなかった、という結果は、ひな型を守る側にとってもいちばん困る結末です。説明の順序は、次のようになります。
条文を破棄すると書いても、消えるのは契約書の条項だけで、民法まで消えるわけではない。免責を意図するなら、そこまで書く必要がある。書いていなければ、相手方は民法に基づいて請求できる。
そのうえで、本文の修正が難しいなら三の2の形にしましょう、と提案します。ひな型の本文はそのままなので、相手方の社内手続とも衝突しません。
説明のタイミングも大事です。特約は交渉の終盤に足されるため、そのまま締結まで進みがちです。二の4のとおり、契約書に入っていることと合意されていることは別に判断されます。特約を足す側にとっては、書面で説明した記録を残しておくことが、そのまま自社の防御になります。
五 どこまで直すか
優先して直すのは、責任の有無や範囲を動かす特約です。
契約不適合責任、損害賠償、解除。ここを特約で消している契約書は、消えた結果どうなるかまで書かれているかを必ず確かめます。書かれていなければ、三の2の形への修正を求めます。ここは譲らないところです。
義務を作る特約は、期限の有無を見ます。二の5の事案では、特約の内容や当事者の意思から、相当期間内に履行する不確定期限が定められたと解釈されましたが、争いにはなります。「○日以内に」の一言で防げるので、費用対効果が高い修正です。
これに対して、事務的な事項の特約(連絡先、書類の授受方法など)は、消える帰結を書き足す実益が小さく、優先度が下がります。
そして、特約が3つ以上ある契約書を見たら、本文の作り直しを検討します。特約の数は、ひな型が取引の実態に合っていないことの目安になります。1つずつ潰すより、契約書そのものを取引に合わせるほうが早いことがあります。
本稿で扱わなかったこと
「本件土地」「契約不適合責任」といった語の中身をどう決めるかは、別稿「定義条項の作り方:定義が効く範囲と、定義しすぎの弊害」が扱います。
契約書と別紙・仕様書・個別契約が食い違ったときの処理は、別稿「契約書・別紙・仕様書・発注書の優先順位条項」が扱います。優先順位条項が文書どうしの矛盾を扱うのに対して、特約は同じ契約書の中に矛盾を作ります。
契約不適合責任そのものの内容と、それを免除・軽減する条項の限界は、9章の記事が扱います。三の3のただし書(売主が知りながら告げなかった事実)の位置づけも、そちらで詳しく見ます。
参考文献等
註
(注1)東京地判平成28年4月13日(平成26年(ワ)第12837号・平成26年(ワ)第26948号、判例秘書L07131138)
(注2)秦周平ほか編『契約書リーガルチェックのポイント──事例でみるトラブル条項例』(新日本法規出版、2020)設問2(特約条項(契約条項の一部適用を排除する条項)を利用する場合)
(注3)東京地判平成29年5月22日(平成27年(ワ)第18924号、LEX/DB文献番号25554691)
(注4)前掲注2の設問2の改善例
この条項の他の記事定義・解釈原則・優先順位
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