一 この工程は何をしているのか
契約書は、ある日いきなり完成形で現れるわけではありません。商談があり、条件が決まり、文書になり、直され、押印されて、はじめて契約書になります。
契約書業務を取り扱うにあたっては、法務担当者は取引全体において「自分が今どの役割を担っているか」を理解しておく必要があります(注1)。
工程を知っておく意味は、そこにあります。自分に話が来た時点で、すでに決まってしまったことと、まだ動かせることが分かるからです。
二 流れ
1 商談が始まる
契約書締結までの流れは、企業規模や業種、取引内容によって大きく異なります(注1)。典型的には、まず自社の事業部門担当者が商談を行う場合が多く、重要な取引や複雑な取引では商談のスタート段階から法務担当者が関与することもありますが、日常的な取引ではスタート段階で法務担当者が関与しないことが多いところです(注1)。
2 法務が呼ばれる
商談において取引が成立する可能性が出てきた段階で法務担当者が関与し、取引における条件交渉から合意形成、契約書締結に至るというのが、最も典型的なパターンです(注1)。
事業部門と法務部門の役割分担の例も示されています(注2)。
| 事業部門 | 法務部門 |
|---|---|
| 商談 | 取引全体についての法的検討 |
| 条件交渉(窓口) | 条件交渉(契約書作成・レビュー) |
| 合意形成、契約書締結 | 交渉に関する事業部門への助言 |
一般論としては、法務部門担当者は後方支援的な役割を担うことが多く、直接の交渉窓口となる(または交渉に同席する)場面は、重要な取引や複雑な取引に限られることが多いところです(注2)。
3 ヒアリングする
契約書案を作成する場合は、まず取引を実際に行おうとする事業部門の担当者または顧客から取引の詳細を聞き、実際の取引内容をよく理解したうえで、「納期に間に合わない場合」「製品に不具合が生じた場合」等のさまざまなリスクを想定して契約書案を作成することになります(注3)。
4 どちらが叩き台を作るかを決める
ここが、工程の中で結果を大きく左右する分岐です。
実務では、最初に提出される契約書案を「叩き台」と呼ぶことが多いところです。どちらが契約書の叩き台を作成するかについては、できるだけ自社で作成すべきです(注3)。一般的に契約交渉では契約書案を作成する側が有利なポジションに立つ(主導権を握る)ことが多く、自己に有利な内容を盛り込める(少なくとも不利な条項が入ることはない)からです(注3)。
反対に、契約書案を受け取った場合は、自己に不利な条項を有利な条項に(少なくとも不利でない条項に)押し返さなければならず、これは結構な労力を費やすことになります(注4)。実務では労力を惜しんで自ら契約書案を作成しない者がいますが、なんとももったいない話です。欧米では交渉の主導権をにぎるために自ら積極的に契約書案文を提出することが多いのに対し、日本では面倒くさがって自ら作成しない場合も多いところです(注4)。
5 交渉する
交渉は、条項ごとの譲り合いになります。交渉の際は互いに主張する点について互譲するのであり、例えば損害賠償条項については飲む(限度額を設ける、直接損害の負担に留める等)が、契約不適合責任は長期(例えば2年)を望むといった交渉をすることになります。自社が死守すべき点はどこにあるかという判断が必要です(注5)。
6 交渉の記録を残す
契約書案が確定するまでの間の交渉過程の記録(電話・電子メール・議事録等)は、保存しておくべきです(注4)。
理由は2つ挙げられています。これらの記録は、締結された契約書をめぐって後日紛争が生じた場合に重要な証拠となること、紛争に至らなくても、契約書の解釈に疑義が生じた場合に、立法趣旨ならぬ「契約書作成趣旨」として相手方に主張する際の根拠となることです(注4)。交渉当時の担当者が退社している場合はなおさらだ、とも書かれています(注4)。
日本の契約では完全合意条項がある場合は多くなく、契約書を締結しても、契約書と異なる約定(契約締結前のレター、電子メール、議事録等)があることにより契約書記載の条件が変容することもあるので、交渉過程の記録をしっかりとっておく必要がある、というのが同書の指摘です(注4)。
7 締結する
締結に関する手続(収入印紙の貼付、契約書の製本など)については、企業によって事業部門担当者の役割とされている場合と法務部門担当者の役割とされている場合のいずれもあります(注2)。仮に事業部門担当者の役割とされている場合にも、法務担当者として契約書の締結に必要な手続に関する知識を有している必要はあるでしょう(注2)。
三 問題点:法務が呼ばれるのが遅い
二の2のとおり、法務が関与するのは、取引が成立する可能性が出てきた段階です(注1)。この時点で、取引の相手方も、価格も、納期も、おおむね決まっていることがあります。
条件が口頭で固まってから相談を受けた場合、自社に不利な条項であってもそれを覆して契約書に反映することが困難な場合が少なくない、という指摘もあります(別稿「戦略法務・予防法務・臨床法務:契約法務はどこに立つか」で扱いました)。
四 改善例:どの段階で法務が入るか
すべての取引で商談から関与するのは現実的ではありません。取引の性質で線を引きます。
| 取引の性質 | いつ法務が入るか |
|---|---|
| 金額が大きい、期間が長い | 商談の段階から(取引の形そのものに関わる) |
| 前例のないスキーム、新規事業 | 商談の段階から(当局対応や業法の確認が要る) |
| 相手方のひな型で進む取引 | 叩き台を受け取る前に(自社で叩き台を出せないかを検討する)(注3) |
| 定型的な取引、少額 | 契約書案ができた段階で(レビューのみ) |
「叩き台をどちらが出すか」は、法務が関与する時期を決める問題でもあります。 自社で出すなら、ヒアリングから入ることになります(注3)。
本稿で扱わなかったこと
依頼を受け付けるときに何を出してもらうかは、別稿「依頼を受け付ける:何を出してもらうか」、事業部門へのヒアリングの具体的な項目は別稿「事業部門へのヒアリング:何を聞けば条項が決まるか」が扱います。レビューの手順そのものは別稿「レビューの手順を型にする」、交渉の進め方は別稿「交渉の5段階プロセス:3つのアプローチをどう回すか」などが扱います。完全合意条項については別稿「完全合意条項の機能:交渉経緯の遮断は、自分にも効く」があります。
参考文献等
註
(注1)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)13頁
(注2)前掲注1・14頁
(注3)堀江泰夫『契約業務の実用知識〔第3版〕』(商事法務、2025)30頁
(注4)前掲注3・31頁
(注5)前掲注3・33頁
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