一 この条項は何をしているのか
取引基本契約の末尾近くに、双方の担当部署・担当者の氏名・メールアドレスを書き込む条項があります。書式の穴埋めのように見えますが、この条項には意味があります。
取引基本契約に担当者条項を設ける意味は、2つあります。相手方に対する意思表示を到達させる対象人物を特定すること(意思表示だけでなく、日常的な届出や資料交付の相手も特定すること)と、実質的な協議をする人物を特定して円滑な取引を可能にすることです(注1)。連絡先まで書いておけば、トラブルや疑問点が生じたときに、他の資料を見なくても相手方への連絡や問い合わせがスムーズにできます(注1)。
担当者条項は、誰に届けば相手方に届いたことになるかを決める条項です。だから、書いた内容が古くなったときの影響が大きくなります。
二 よくある条項例
条項例は、次のとおりです(担当者の記入欄は省略しています)(注1)。
第○条(担当者) 1 甲における本契約及び個別契約に関する担当者は下記の者とする。(担当者の役職・氏名、連絡先) 2 乙における本契約及び個別契約に関する担当者は下記の者とする。(担当者の役職・氏名、連絡先) 3 前二項の担当者やその連絡先を変更する場合は、事前に(緊急の場合は事後速やかに)相手方に対して書面により通知するものとする。 4 相手方に対する意思表示は、それぞれ相手方の担当者に対して行うものとする。(注1)
この条項例で確かめるべき点は、担当者やその連絡先を明確に書くことと、変更するときは事前に通知させることの2つです(注1)。
三 問題点
1 担当者が異動しても更新されない
取引基本契約は長く続きます。契約の有効期間中に異動や社内の連絡体制の変更で担当者や連絡先が変わることが予想されるので、変更がある場合には事前に(緊急の場合は事後速やかに)書面または電子メールで通知することを求めておくべきです(注1)。
注1の実務書は、そのうえで次のように述べています。
また、変更されずに実態と異なる記載が残ったままになると、意思表示の到達について疑義が生じてしまうことになりますので、変更があった場合には、必ず本条項に基づく通知対応をすることも必要です。(注1)
二の条項例の4項は、意思表示を相手方の担当者に対して行うとしています(注1)。その担当者がすでに退職していたら、条項どおりに送った解除の通知が本当に届いたといえるのか、という争いの種になります。
2 通知条項と宛先が食い違う
取引基本契約には、担当者条項とは別に、通知の宛先と方法を定める通知条項が置かれていることがよくあります。通知条項は本社の法務部宛て、担当者条項は営業部の担当者宛て、というように両者の宛先が違っていると、解除や期限の利益喪失の通知をどちらに送ればよいかが条項から決まりません。
二の条項例の4項のように「相手方に対する意思表示は担当者に対して行う」と書くと、通知条項との優先関係が問題になります。日常の連絡と、契約の効力に関わる意思表示とで宛先を分けるなら、そのことを条項に書いておく必要があります。通知の到達をどう考えるかは、別稿「通知条項の設計:到達主義と通知方法」で扱いました。
3 担当者の合意が契約の変更になるか
担当者条項は、実質的な協議の相手を特定する条項でもあります(注1)。協議の相手が決まっていると、その担当者どうしで決めたことが契約の変更になるのか、という問題が出てきます。
契約の変更を代表者の記名押印のある文書に限る条項は、取引基本契約締結後の個別契約締結の段階で現場の力関係によって現場レベルで押し切られ、相手方有利の内容に変更される事態を防ぐためのものです(注1)。契約の修正に用いる書面を各当事者の代表者が記名押印または署名した書面とする定め方には、担当者同士の力関係などによって現場レベルで契約の修正が行われることを防ぐ効果があるとの指摘もあります(注2)。
個別契約を代表者以外も締結できるようにした場合に、基本契約と個別契約の内容が食い違ったときの優先関係を契約書に定めるなら、「代表者の記名押印のある個別契約に限って個別契約を優先する」という規定も考えられます(注1)。担当者が個別契約を結ぶ実務を前提にしながら、基本契約の内容を担当者レベルで動かさせない工夫です。
契約どおりの履行が難しくなったとき、双方の担当者は、契約どおりに履行されないことに異議を述べないのが通常です。担当者の認識は、契約を修正するというより、契約どおりに行動しないことを認容しているだけでしょう(注2)。もっとも、契約書と別の行動が続けば、実質的に契約が修正されていると評価されるおそれがあることも事実です(注2)。
担当者の約束で契約が変わるかどうかは、別稿「口頭の合意で契約は変わるか:担当者の約束と修正制限条項」で詳しく扱いました。
四 改善例
三の問題点をまとめて手当てすると、たとえば次のようになります。
第○条(担当者) 1 甲および乙は、本契約および個別契約の履行に関する日常の連絡、協議、届出および資料の交付を行う担当者を、別紙に定める。 2 甲または乙は、担当者またはその連絡先を変更するときは、事前に(緊急の場合は変更後速やかに)、書面または電子メールにより相手方に通知する。 3 本契約の解除、期限の利益の喪失その他本契約の効力に関する通知は、第○条(通知)に定める宛先および方法による。 4 担当者は、本契約および個別契約の内容を変更する権限を有しない。本契約および個別契約の変更は、第○条(契約の変更)の定めによる。
1項で担当者を別紙にするのは、担当者が替わるたびに本文を差し替えなくて済むようにするためです。3項は、担当者宛ての連絡と、通知条項による意思表示とを分けるものです。4項は、担当者の約束が契約の変更にならないことを、担当者条項の側でも明らかにするものです。
五 書き分けの分岐
担当者条項は、どちらの立場でも条項の中身はあまり変わりません。違いが出るのは、三の3の変更権限の扱いです。
| 論点 | 取引で優位に立ちやすい側 | 現場の柔軟さを残したい側 |
|---|---|---|
| 担当者の記載 | 氏名まで書かせ、変更は事前通知 | 部署名と役職にとどめ、変更の手間を減らす |
| 意思表示の宛先 | 通知条項に一本化する | 日常の連絡は担当者宛てでよいとする |
| 担当者の変更権限 | 変更権限がないと明記する | 単価・納期など一定の範囲では担当者間の合意を認める |
変更権限を一律に否定すると、日々の単価や納期の調整まで代表者の書面が必要になるので、どこまでを担当者に任せるかを先に社内で決めておく必要があります。
本稿で扱わなかったこと
通知の到達とみなし到達条項は、別稿「通知条項の設計:到達主義と通知方法」で扱いました。書面によらない変更を封じる条項の効力と、担当者の約束に表見代理が成り立つかは、別稿「口頭の合意で契約は変わるか:担当者の約束と修正制限条項」で扱っています。
参考文献等
註
(注1)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)50〜52頁
(注2)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)216〜218頁
この条項の他の記事報告義務・担当者条項
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