一 この条項は何をしているのか
1 定義は、責任の範囲を決める
定義条項は、契約書の前のほうに並ぶ、地味な条項です。読み飛ばされることも多い。
ところが、ここで決めた語の中身が、そのまま義務の範囲になります。「本件業務」の定義が広ければ受託者の仕事が増え、「秘密情報」の定義が狭ければ守られる情報が減ります。条項本体をどれだけ交渉しても、そこで使われている語の中身が相手方の書いたままなら、交渉した意味は薄くなります。
分かりやすい例が、売買における仕様書です。仕様書は、目的物の形状や性能を端的に示した書面であり、当事者間で目的物を特定するために極めて重要なものです(注1)。同じ「仕様書等」という語でも、売主側と買主側では中身が違ってきます。
| 立場 | 「仕様書等」の中身 |
|---|---|
| 売主側の条項例(注2) | 甲乙間で確定した仕様書その他付随書類 |
| 買主側の条項例(注1) | 乙の承認を得た仕様書、設計図面、部品規格書面その他目的物の仕様を示す一切の書類 |
条項本体は、どちらも目的物が「仕様書等」に合致しなければならないとするもので、同じです(注1)(注2)。違うのは定義の中身だけで、それが売主の負う義務の広さを決めています。
2 定義条項に置くか、初出箇所で定義するか
定義の書き方は2つあります。冒頭に定義条項をまとめて置く形と、初めて出てきた場所で括弧書きにする形です。
短い契約書では、初出箇所の括弧書きで足ります。取引基本契約書の雛形も定義条項を置かず、前文と本文の初出箇所の括弧書きで済ませています。前文の一文は次のとおりです。
○○(以下「甲」という)と○○(以下「乙」という)とは、乙の取り扱う○○に関する商品(以下「商品」という)の甲への継続的な売買取引に関する基本的事項について、以下のとおり契約(以下「本契約」という)を締結する。(注3)
前文は、誰と誰とがどういう内容の書面を締結しようとしているのかを表す部分です。権利義務の発生を意図する当事者を明確化すべく表現するのが一般的です(注4)。この一文で「甲」「乙」「商品」「本契約」の4語が定義されています。
定義条項を独立させるのは、語数が増えたときです。目安として、10語を超えたあたりから、初出箇所に散らばっていると読み手が探せなくなります。ただし、1か所でしか使わない語は、語数に数えず、その場で括弧書きにするほうが読みやすくなります。
二 よくある条項例
(定義) 第○条 本契約において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 (1)「本件業務」とは、別紙1に定める業務をいう。 (2)「成果物」とは、乙が本件業務の遂行の過程で作成し、甲に納入する一切の資料、図面、プログラムその他の物件をいう。 (3)「秘密情報」とは、本契約に関連して相手方から開示された一切の情報をいう。
3つとも、実際によく見る書き方です。そして3つとも、このままでは問題が残ります。
三 問題点
1 定義したのに、本文で使っていない
定義条項を置いた契約書でよく見かけるのが、これです。冒頭で10語ほど定義しておきながら、本文では3語しか使っていない、という例です。
残りの7語は、ひな型から引き継がれたまま、使われずに残ります。害はないように見えますが、2つの副作用があります。読み手が「この語はどこかで使われているはずだ」と探すこと。そして、条項を足したときに、定義済みの語を知らずに別の意味で使ってしまうことです。
使っていない定義は、削ります。これはレビューで機械的にできる作業で、契約書の見通しがはっきりよくなります。
2 定義が広すぎて義務が膨らむ、狭すぎて漏れる
一の1で見たとおり、定義の広さは責任の広さです。
前記の「成果物」の定義(「本件業務の遂行の過程で作成し、甲に納入する一切の資料、図面、プログラムその他の物件」)を、受託者の立場で読んでみます。この定義は「作成し」かつ「甲に納入する」物件を対象にしているので、社内向けのメモまで当然に納入義務の対象になるわけではありません。ただ、何を納入するかが別の条項や仕様書で決まっていなければ、検討中に作った中間資料が「納入する」物件に入るかは争いになりえます。
逆に「秘密情報」を「相手方から開示された一切の情報」とだけ定義すると、開示側にとっては広くて有利に見えます。しかし受領側から見れば、何が秘密情報かを判別できないため、実際には管理できません。管理できない義務は、守られないまま違反だけが積み上がります。
広い定義は、必ずしも有利ではありません。自社が守る側に回る語では、範囲を確定できることのほうが大切になります。
3 列挙のつなぎ方で、範囲が変わっている
定義や条項で複数の事柄を並べるとき、つなぎ方を詰めていないことがあります。
(危険負担) 第○条 本製品の危険負担は、甲が乙に本製品を引き渡した時をもって甲から乙に移転するものとし、本製品の引渡し後に生じた本製品の滅失・毀損・変質は、甲の責に帰すべきものを除き、乙が危険を負担するものとする。(注5)
中黒でつないだ形です。中黒は法令上の用語ではなく、接続詞としての定義がありません。そのため「滅失」「毀損」「変質」の関係を示す接続詞がないことになり、どのように解釈すればよいかが不明確です(注5)。
意図に応じて、たとえば次のように書き分けます(注5)。
| 意図 | 書き方 |
|---|---|
| 滅失か毀損か変質のいずれかの場合 | 滅失、毀損 又は 変質 |
| 滅失と毀損と変質がそろった場合のみ | 滅失、毀損 及び 変質 |
| 滅失か、あるいは毀損と変質がそろった場合 | 滅失、 又は 毀損 及び 変質 |
どれを意図しているかで、乙が危険を負担する場面の広さが変わります。定義した語の中身を列挙で示すときも、同じことが起きます。
4 定義された語と、日常用語が混在している
「本件業務」と定義したのに、本文の別のところで「業務」とだけ書いている。この不一致は、条項を足したり削ったりしているうちに生まれます。
読む側は、書き分けに意味があると考えます。定義した語をそのまま使っていない箇所は、定義の外を指しているのではないか、という読み方が出てきます。
四 改善例
三の各点に対応させると、次の形になります。
(定義) 第○条 本契約において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 (1)「本件業務」とは、別紙1に定める業務をいう。別紙1に記載のない業務は、甲乙が書面により合意した場合に限り、本件業務に含まれる。 (2)「成果物」とは、乙が本件業務の遂行の結果として作成し、別紙1に定める納入期日までに甲に納入する物件であって、別紙1に成果物として掲げるものをいう。 (3)「秘密情報」とは、甲または乙が相手方に対し、秘密である旨を明示して開示した情報をいう。書面による場合は秘密である旨の表示により、口頭による場合は開示時にその旨を告げ、開示後○日以内に書面によりその内容を特定することにより、明示するものとする。
第1号が三の2に対応します。別紙で範囲を確定させたうえで、追加は書面合意によるとしています。「別紙に定める」と書くだけでは、別紙の外に何があるかが決まりません。外を閉じる一文まで置いて、範囲が確定します。
第2号は、「遂行の過程で作成し」を「遂行の結果として作成し」に変え、さらに別紙に掲げるものに絞っています。中間資料が入らなくなります。
第3号は、受領側から見て判別できる形にしたものです。秘密である旨の明示を要件にすれば、何を管理すべきかが受領時に分かります。
五 書き分けの分岐:自社が義務を負う語は狭く、権利を得る語は広く
定義の広い狭いに、一般的な正解はありません。その語が自社にとって義務の側か、権利の側かで向きが決まります。
| その語が指すもの | 望ましい形 |
|---|---|
| 自社が負う義務の対象(受託者にとっての「本件業務」「成果物」) | 範囲を確定させる。別紙で列挙し、外を閉じる |
| 自社が得る権利の対象(委託者にとっての「成果物」、開示側にとっての「秘密情報」) | 広く書く。「その他〜に関する一切の」という受け皿を置く |
| 双方が守る義務の対象(受領側にとっての「秘密情報」) | 判別できる形にする。広さより、境目がはっきりすることを優先する |
3行目が見落とされやすいところです。秘密保持や個人情報のように、双方が受領側にも回る語では、広く書くほど自社の管理負担が増えます。
仕様書のように文書を指す語では、タイトルの違いにとらわれることなく、目的物の形状・性能等を示す書類の一切を含めるように規定する必要があります(注1)。実際の取引では、仕様書・設計図面・部品規格書面など、様々なタイトルで作成されるためです(注1)。名前で列挙すると、名前の違う文書が漏れます。機能で定義したうえで、代表的なものを例示する形が確実です。
交渉の順序としては、定義を先に決めます。条項本体の文言を詰めてから定義に戻ると、詰めた条件が定義の広さで打ち消されていることに、後から気づくことになります。
本稿で扱わなかったこと
別紙・仕様書・個別契約と契約書本文の優先順位は、別稿「契約書・別紙・仕様書・発注書の優先順位条項」が扱います。四の改善例で別紙に範囲を委ねましたが、その別紙が本文と食い違ったときの処理は、そちらの主題です。
ひな型の一部を特約で打ち消す形は、別稿「特約条項(契約条項の一部適用を排除する条項)の使い方と事故」が扱います。
秘密情報の定義の詰め方は、別稿「秘密情報の範囲の定め方」と別稿「秘密情報から除外される情報」が扱います。四の改善例で置いた明示の要件は、そちらで具体的に見ます。
相手方から示された契約書で定義を読み解く側の技術は、3章の記事が扱います。
参考文献等
註
(注1)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)130頁
(注2)同129頁の売主側変更例
(注3)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)23頁の取引基本契約書雛形の前文
(注4)同6頁
(注5)秦周平ほか編『契約書リーガルチェックのポイント──事例でみるトラブル条項例』(新日本法規出版、2020)設問1(「及び」「並びに」「又は」「若しくは」等の用語の区別と用法に問題がある場合)
この条項の他の記事定義・解釈原則・優先順位
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