一 この条項は何をしているのか
1 範囲ではなく額を切る
賠償の範囲を絞る条項は、どの損害項目を落とすかを決めます。上限条項が決めるのは金額です。項目は落とさず、合計額に天井を置きます。
賠償額の上限設定は、債務者の責任制限のために頻繁に用いられています(注1)。売上に対して賠償額が桁違いになりうる取引では、いくらまで負うのかが先に分かること自体に価値があります。
損害賠償額の予定と混同されやすいのですが、両者は別物です。実損が予定額より低くても予定額を払うのが予定であり、実損が上限より低ければ実損だけを払うのが上限です(注1)。上限条項は債務者にとって片側にしか働きません。
2 上限は対価と一緒に決まっている
上限額は、それ単独で決まっているのではありません。
システム開発の委託契約について、上限条項の趣旨をこう説いた裁判例があります。ソフトウェア開発に関連して生じる損害額は多額に上るおそれがあることから、受託者が負うべき損害賠償金額を個別契約に定める契約金額の範囲内に制限したものであり、受託者はそれを前提として個別契約の金額を低額に設定することができ、委託者が支払うべき料金を低額にするという機能があり、特に委託者が顧客の個人情報の管理について注意を求める場合には、契約上の「対象情報」とすることで厳格な責任を負わせることができる。したがって一定の合理性がある、と(注2)。
上限を下げれば対価は下がり、上限を上げれば対価は上がる。交渉で上限だけを動かそうとすると、この対応関係を無視することになります。
二 よくある条項例
1 対価連動型
いちばん多い形です。
甲が本契約に関して乙に対して負う損害賠償の額は、第○条に基づき甲が乙より受領した金額を超えないものとする。(注3)
「受領した金額」とする例のほか、「支払済みの代金額の総額」とする例もあります(注4)。
この型は、上限が対価に連動して自動で調整される点が扱いやすいところです。取引が大きくなれば上限も上がります。
2 定額型
金額を直接書く形です。基本契約に「一切の損害賠償額は金○○円を上限とする」と置きます。
対価と連動しないため、長く続く取引では取引規模と上限が乖離していきます。定額にするなら、有効期間の見直しのたびに額も見直す運用が要ります。
3 期間限定型
上限の基準を、金額から遡れる期間に置き換える形です。「直近12か月間に支払われた委託料の総額」とするものが典型です。
継続的な役務提供では、対価連動型をそのまま置くと契約開始から累積した全額が上限になり、年を追うごとに上限が膨らみます。期間で区切ると、その膨張を止められます。
三 問題点
1 上限が低すぎて、条項ごと否定される
上限額を下げるほど債務者に有利になるかというと、そうではありません。
実際に生じた損害額から極端にかけ離れた上限を設定すると、その効力が否定されることがあります(注5)。学説にも、実際に生じ得る損害に比して明らかに低額な損害賠償額の上限を定めた場合、当該条項は公序良俗違反により無効になり得るとする考えがあります(注6)。
上限を無効にされた債務者は、上限のない状態に戻されます。想定し得る実際の損害額に比して著しく低い上限を定めた場合、事後的に当該条項が無効になり、結局は当初予測していた契約上の上限額を超える損害賠償義務を負ってしまう可能性があります(注7)。低く書くほど安全というものではありません。
2 故意・重過失を除いていない
上限条項が有効であることと、それが場面を問わず適用されることとは別です。
企業再生のアドバイザリー契約について、報酬相当額を上限とする責任制限の合意が争われた事案があります。裁判所は、この契約は受託者が事業再生の場面において助言を提供するにあたり損害賠償額が巨額になる可能性があることから、その賠償額を業務委託報酬の範囲に限定するというものであり、その趣旨に照らすと、本件責任制限合意は受託者に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと判示しました(注8)。条項には故意・重過失の除外が書かれていませんでした。なお、この事件では故意・重過失は認められず、報酬相当額の上限が適用されています(注8)。もっとも、この判決は控訴審(東京高判平成26年1月23日、平成25年(ネ)第5108号)で取り消され、相当因果関係がないとして受託者の責任自体が否定されています。故意・重過失の場合に責任制限の合意が適用されないという判示は、地裁の判断にとどまります。
システム開発の事案でも、同じ結論が採られています。受託者に故意がある場合や重過失がある場合にまで上限条項によって損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは、著しく衡平を害するものであって、当事者の通常の意思に合致しない。この判断において、裁判所は売主・請負人が悪意の場合に担保責任を免れることができない旨を定めた民法572条・640条を参照しています(注9)。640条は改正前の条文で、2017年の改正で削除されています。
裁判例のとおり、故意又は重過失が認められる場合にまで損害賠償額の上限が有効になるような条項は否定的に解される可能性があります。予見可能性の観点からは、企業間契約において損害賠償額の上限を定める場合には、故意又は重過失があるケースを想定した文言にしておくことが望ましいといえます(注10)。
3 例外を書いても、例外の定義で外れる
上限に例外を設けるところまでは、多くの契約書がやっています。落とし穴はその先にあります。
前記のシステム開発の事案では、基本契約は損害賠償の章に上限条項を置く一方、機密保持の章に「本契約内容に違反した場合には、その違反により相手方が被る全ての損害を賠償する」という条項を置いていました。裁判所は、この条項の「本契約内容に違反した場合」を誤記と認めて「本章の規定に違反した場合」と読み替えたうえで、両者を、上限条項が原則、機密保持違反が例外という関係にあると解しました(注9)。
ところが、その例外は使えませんでした。契約が定める「対象情報」には、機密である旨を「機密」「秘」「Confidential」等の表記によって明示したもの、という要件が付いていたためです。流出した顧客のクレジットカード情報は、委託者から受託者に開示されたものではなく、機密である旨を明示したものでもない。したがって例外条項は適用されない、と判断されています(注9)。
同じ契約の期間制限条項も、同様に空振りしています。「乙の保証期間は、特に定めるものを除き委託業務の完了の後1年間とする」という定めについて、裁判所は、これは無償補修の義務を負う期間を定めたものであって、損害賠償請求権の期間制限を定めたものとは解することができないとしました(注9)。上限の例外も期間制限も、他の条項の定義や体裁に寄りかかって書くと、肝心なときに外れます。
四 改善例
前記の3点に対応させると、次の形になります。
甲又は乙は、本契約に定める義務に違反して相手方に損害を与えた場合、本契約に基づき乙が受領した対価の額を上限として、当該損害を賠償する義務を負う。ただし、当該違反をした者に故意又は重大な過失がある場合、及び第○条(秘密保持)に違反した場合は、本条に定める上限は適用されず、当該違反をした者は、相手方に対し、当該違反によって生じた一切の損害(特別損害及び合理的な弁護士費用を含むが、これらに限られない)を賠償する義務を負う。(注11)
書き加えているのは3つです。上限の基準を対価に紐づけたこと。故意・重過失を除外したこと。そして上限が外れる場合を条番号で名指ししたことです。
3つめが、三の3への対応にあたります。例外の範囲を「秘密情報の漏えい」のような概念で書くと、その概念の定義規定に判断が引きずられます。ただし、条番号で指しても、その条の義務が「秘密情報」の定義に限定されていれば、定義の外にある情報は例外に入りません。顧客の個人情報のように守りたい情報があるなら、秘密情報の定義か上限の例外の対象を、その情報まで明示的に広げておきます。
なお、リスクヘッジの手段としては、損害賠償額の上限のほかに、責任を負う期間を限定する方法や、損害の発生原因を限定する方法もあります(注12)。期間で切る場合は、三の3で見たとおり、補修義務の期間と請求権の期間制限とを別の条で書き分ける必要があります。
五 書き分けの分岐:交渉の落としどころ
1 上限を下げる代わりに何を渡すか
賠償を請求する側からすれば、上限を定めないことが望ましい形です(注13)。しかし相手にも同じ理屈があり、この条項は最も激しく交渉される条項の一つです。
一方に寄せた案と他方に寄せた案は、次のように書き分けられます(注14)。
| 立場 | 条項例 |
|---|---|
| 請求する側 | 甲又は乙は、本契約に違反し、相手方に損害を与えた場合は、相手方に対しその損害の全額を賠償しなければならない |
| 請求される側 | 甲又は乙は、本契約に違反し、相手方に損害を与えた場合は、本契約に基づき乙が受領した対価の額を上限として、相手方に対しその損害を賠償しなければならない。ただし、本契約に違反した者に故意もしくは重過失が認められる場合又は第○条に違反した場合は、本条に定める損害賠償額の上限は適用されず、当該違反をした当事者は、相手方に対し当該違反によって生じた損害の全額を支払わなければならない |
平行線になったときに動かせるのは、上限の数字に限りません。一の2で見たとおり、上限は対価と結びついています。上限を上げるなら対価を上げる、という形で交換材料にできます。
2 類型ごとに上限を分ける
一律の上限は、額を決めやすい代わりに、性質の違う損害を同じ天井の下に押し込みます。
そこで、上限の外に置く類型を先に決める方法があります。三の3で見た契約は、まさにこの構造でした。秘密情報の漏えいを上限の外に置き、それ以外を契約金額の範囲に収める。人身損害や第三者の知的財産権侵害を外に出す例も同様です。
折衷案として、賠償範囲は通常損害・上限は支払済み代金額としつつ、故意又は重大な過失がある場合には範囲の制限を認めず、弁護士費用も含めた賠償義務を発生させるという形があります(注15)。上限の高さを争うより、上限が及ぶ範囲を切り分けるほうが、双方の納得に届きやすい場面があります。
本稿で扱わなかったこと
責任制限条項が故意・重過失の場面で外れる理由と、公序良俗・信義則による制限の全体は、別稿「免責条項の限界:公序良俗・信義則」が扱います。本稿では三の1で、低く書くほど危ういという結論だけを述べました。
賠償の範囲を項目で絞る条項は、別稿「賠償範囲を限定する条項の設計」が扱います。上限は額、範囲は項目という切り分けです。
額を固定する条項は、別稿「損害賠償額の予定と違約罰の区別」が扱います。一の1で述べた予定額との違いが、そこでの出発点になります。
BtoC取引では、責任の一部を免除する条項にも消費者契約法の規律が及びます。別稿「消費者契約法による規制」が扱います。
参考文献等
註
(注1)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)612頁
(注2)東京地判平成26年1月23日判時2221号71頁(平成23年(ワ)第32060号)
(注3)前掲注1・612頁の条項例
(注4)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)79頁の売主側変更例
(注5)前掲注1・612頁
(注6)阿部・井窪・片山法律事務所編著『企業における裁判に負けないための契約条項の実務』(青林書院、2023)54頁
(注7)同56頁
(注8)東京地判平成25年7月24日判タ1403号184頁(平成23年(ワ)第3608号)
(注9)前掲注2
(注10)前掲注6・54頁
(注11)本稿の改善例です。前掲注6・55頁の条項例B案と前掲注4・79頁の折衷的変更例を組み合わせ、例外の指定を条番号に改めました
(注12)前掲注6・56頁
(注13)前掲注6・55頁
(注14)前掲注6・55頁の条項例A案・B案
(注15)前掲注4・79頁の折衷的変更例および80〜81頁
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