一 この条項は何をしているのか
1 書かなければどうなるか
契約違反があったときに相手方に金銭を請求する根拠は、民法415条1項です。損害賠償条項を置かなくても請求はできます。
ただし、同項ただし書が壁になります。契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賠償を請求できません。
そして、請求できるのは、債務の本旨に従った履行がされないとき又は履行が不能であるときに「これによって生じた損害」です(民法415条1項)。債務の不履行がなければ、どれほど損害が出ても請求の根拠がありません。
2 補償は、責任の発生原因を契約で作る
補償条項は、この2つの制約を契約で外します。
外し方は書きぶりで決まります。「〜に起因または関連して自らに生じた損害に対する補償を相手方に対して請求することができる」という形にすれば、帰責事由の有無を要件から外し、原因事実と損害との結びつきだけを要件にできます。
もう1つが、発生原因の作り方です。表明保証違反や第三者からの請求のように、それ自体は「債務の不履行」に当たらない事象を、金銭を支払う原因として設定できます。
事業譲渡契約を例にとると、譲渡会社の表明保証違反に対する法的効果としては、金銭的補償や、クロージングの前提条件を欠くものとして事業譲渡の実行をしないこととするのが一般的です(注1)。表明保証違反の効果を契約に書いておかないと争いの余地が残るので、その違反に金銭を確実に結びつけるには補償条項を置いておきます。
もう1つ、時間軸の役割があります。事業譲渡契約では、契約の解除が許される時期をクロージング前に限定するのが通例です。クロージング後に判明した債務不履行や表明保証違反の問題については、補償条項の適用により対応がされることになります(注2)。解除ができなくなった後の受け皿が、補償条項です。
二 よくある条項例
事業譲渡契約の補償条項は、次のような形をとります。
甲及び乙は、本契約において相手方が行った表明及び保証が正確でなかったこと並びに相手方の義務の違反又は不履行に起因又は関連して自らに生じた損害に対する補償を相手方に対して請求することができる。ただし、この請求は、本譲渡日から起算して1年を経過する日までになされたものに限る。また、本条に基づく補償請求は、本譲渡代金の25%相当額をその累計額の上限額とし、1つの事由に基づく損害額が1000万円を超過した場合にのみ補償義務が生じるものとする。(注3)
3つの制限が同時に入っています。期間(1年)、上限(譲渡代金の25パーセント)、そして1件あたりの下限(1000万円)です。
一般の取引契約では、ここまで作り込まれた形は多くありません。「第三者から請求を受けた場合、乙は甲を補償する」という一文だけの例も見ます。
三 問題点
1 補償と損害賠償の関係が整理されていない
同じ契約に損害賠償条項と補償条項が併存しているのに、両者の関係が書かれていない例があります。
このとき起きるのは、範囲の重なりです。契約違反による損害は、損害賠償条項でも補償条項でも請求できます。どちらで請求するかで、要件(帰責事由の要否)と制限(期間・上限)が変わります。
請求する側は制限のない条項を選び、請求される側は制限のある条項が適用されると主張する。条項が2つあること自体が、争点を1つ増やします。
2 第三者からの請求で、誰が防御するのかが決まっていない
補償条項の典型的な発動場面は、第三者から請求を受けたときです。ところが、その後の手続を書いている契約書は多くありません。
書かれていないと、次が決まりません。請求を受けた側は、いつまでに相手方へ通知するのか。訴訟の追行は誰が主導するのか。和解に応じるとき、相手方の同意が要るのか。要らないとすれば、補償する側は自分が関与しないまま決まった金額を負担することになります。
補償する側にとって、防御の主導権は金額そのものと同じ重みを持ちます。
3 責任上限が補償にかかるかが不明
責任上限条項を置いている契約に補償条項を足すと、上限が補償にも及ぶのかが問題になります。
別稿「責任上限条項の設計と相場」で見たとおり、上限の例外は条番号で名指しするのが確実です。補償条項についても同じで、上限条項の側に「第○条(補償)に基づく請求を除く」と書くか、補償条項の側に「本条に基づく補償請求は、第○条に定める上限の範囲内とする」と書くかを決めておく必要があります。
書いていないと、上限条項の文言(「本契約に関して負う損害賠償の額」など)に補償が含まれるかという解釈問題になります。
四 改善例
三の3点に対応させると、次の形になります。
(補償) 第○条 甲および乙は、相手方の表明および保証した事項が真実もしくは正確でなかったこと、または相手方の本契約上の義務の違反もしくは不履行に起因または関連して自らに生じた損害、損失および費用(合理的な弁護士費用を含む)について、相手方に対し補償を請求することができる。 2 前項の補償は、第○条(損害賠償)に基づく請求に代えて行うものとし、同一の事由について両者を重ねて請求することはできない。 3 第三者から請求を受けた当事者は、当該請求を知った後○日以内に相手方に通知しなければならない。相手方は、自己の費用により当該請求への対応を主導することができる。通知をした当事者は、相手方の事前の書面による同意なく、当該請求について和解し、または請求を認諾してはならない。 4 本条に基づく補償請求は、本契約に基づき乙が受領した対価の額を上限とする。ただし、補償を求められる当事者に故意または重大な過失がある場合は、この限りでない。
第2項が三の1に、第3項が三の2に、第4項が三の3に対応します。
第3項の通知期間は、短くしすぎないことが要点です。訴状の送達から数日という設定にすると、通知が遅れたことを理由に補償を拒む余地を作ります。第三者請求は社内で把握されるまでに時間がかかるため、何日とするかは、請求を把握して担当部署に届くまでの社内の流れから逆算して決めます。
M&Aの事業譲渡契約では、二で見たとおり、期間・上限・下限の3点をあわせて書き込む例があります(注3)。一般の取引契約でどこまで作り込むかは、五で扱う立場の違いで決まります。
五 書き分けの分岐:補償する側とされる側
| 立場 | 望ましい形 |
|---|---|
| 補償を受ける側 | 補償の対象を広く書く(「起因または関連して」)。上限・期間・下限を置かない。第三者請求の防御は自分が主導する |
| 補償する側 | 対象を義務違反と表明保証違反に限定する。上限・期間・下限を置く。第三者請求の防御を自分が主導し、相手方の単独和解を禁じる |
第三者請求の防御だけは、双方が主導権を欲しがります。補償を受ける側は自社の評判や取引関係に配慮した解決を望み、補償する側は支払額を抑えたい。ここは、金額の話とは別の利害です。
落としどころとして使えるのは、金額での線引きです。補償額が一定額を下回る見込みの請求は通知を受けた側が処理し、それを超える見込みのものは補償する側が主導する。あるいは、主導権は補償する側に与えたうえで、和解には双方の同意を要するとする。
期間と上限の水準については、二で見た事業譲渡契約の規定例(1年・25パーセント・1000万円)が参考になります(注3)。M&A契約の統計では、補償の上限の中央値は取引金額の10.0パーセントです(注4)。ただしいずれもM&A契約の数字であり、継続的な取引契約でそのまま使えるものではありません。
なお、上限を置くときは、例外を書くかどうかを同時に決めます。表明保証や誓約事項の違反が意図的である場合や詐欺的行為に該当する場合には上限を適用しない旨を規定する例があり、また、株式の保有そのものに関する表明保証の違反のような根本的な違反を上限・下限の適用除外とする例も多いといえます(注4)。四の第4項ただし書で故意・重大な過失を外しているのは、この考え方を、意図的な違反に準じる重大な過失にまで広げたものです。
本稿で扱わなかったこと
表明保証条項そのものの意義と対象は、別稿「表明保証とは何か:英文契約からの流入と和文契約での機能」が扱います。補償条項は、その違反に金銭を結びつける仕組みです。
補償の対象に重大性の限定をかけるかどうかは、別稿「重大性による限定(マテリアリティ)」が扱います。二で見た1000万円の下限も、そこでの論点です。
賠償額に天井を置く条項の設計は、別稿「責任上限条項の設計と相場」が扱います。三の3で述べた「上限が補償に及ぶか」は、上限条項の側からも書けます。
損害賠償条項そのものの設計は、別稿「賠償範囲を限定する条項の設計」が扱います。
参考文献等
註
(注1)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)290頁
(注2)同293頁
(注3)同292〜293頁の条項例(雛形11条に制限を加えた例)
(注4)戸嶋浩二ほか『M&A契約──モデル条項と解説』(商事法務、2018)165〜166頁。上限の中央値は同書が引くアメリカ法曹協会(ABA)の調査による
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