一 問題の所在:もう続けられない、では通らない
長期の供給契約を結んだ後で、原材料の価格が3倍になりました。このまま納め続ければ、売れば売るほど赤字が膨らみます。契約書に不可抗力条項はありますが、値上がりは書かれていません。
契約から降りられるのか。あるいは、値段を上げてくれと言えるのか。
ここで持ち出されるのが事情変更の原則です。契約締結時に当事者が予想することができなかった社会的事情の変更が生じ、契約内容の実現をそのまま強制することが不合理と認められる場合には、その内容を適切なものに変更したり、その法的効果を否定したりすることができるとする法原理をいいます(注1)。
法理としては、日本の民法にも認められています。しかし、判例において事情変更の原則が適用される場面は極めて限定的であることには十分留意する必要があります(注2)。この記事は、その厳しさの中身と、契約書で何ができるかを扱います。
二 制度の枠組み
1 条文はない。改正でも見送られた
民法に事情変更の原則の規定はありません。2017年の改正でも、明文化は見送られました。
見送りに至る経緯は、決して簡単なものではありませんでした。事情変更の法理の明文化については、裁判外における紛争を惹起しかねないとの意見が根強く存在し、分科会を含め合計11回にわたり第3読会終盤まで検討が重ねられましたが、結局、このたびの明文化は見送られることとなりました(注3)。
最後まで残っていた提案は、次のものです。
「第4 著しい事情の変更による解除 事情変更の法理について、次のような規律を設けるものとする。 契約の締結後に、異常な天災地変その他の事由に基づき契約をするに当たって基礎とした事情に著しい変更が生じた場合において、当該契約を存続させることが、当該契約及び取引上の社会通念に照らし、当事者間の衡平を害する著しく不当なものであるときは、当事者は、当該契約の解除をすることができる。ただし、その変更が次の(1)及び(2)のいずれにも該当する場合に限る。 (1) 契約の締結の当時、当事者双方が予見することのできなかった特別のものであること。 (2) 解除権を行使しようとする当事者の責めに帰することができないものであること。」(注4)
読むべきところが2つあります。効果が解除だけになっていること。そして、原因が「異常な天災地変その他の事由」に絞られていることです。
中間試案の段階では、効果として契約の改訂を請求することも候補に挙がっていました(注5)。契約改訂については、中間試案に対するパブリック・コメント以後は検討対象から外れましたが、継続的契約における条件変更等、解除によっては解決しえない事例が存在しうることからその必要性そのものは否定し難いところです(注6)。もっとも、改訂の手続や改訂の基準をどうするかについて困難が伴うといわざるをえません(注6)。
条文がない以上、判例を見ることになります。
2 判例は3つの層で要件を示している
事情変更の法理が存在すること自体については、判例・学説とも争いがありません(注7)。その判例は、次の3件です。
大判昭和19年12月6日民集23巻613頁は、戦時中の統制令の施行により、土地の売買代金について行政官庁の認可を得るまで契約を履行できなくなった事案です。大審院は、次のように述べました。
斯クノ如ク契約締結後其ノ履行期迄ノ間ニ於テ統制法令ノ施行等ニ因リ契約所定ノ代金額ヲ以テシテハ所定ノ履行期ニ契約ノ履行ヲ為スコト能ハス其ノ後相当長期ニ亘リ之ガ履行ヲ延期セサルヲ得サルニ至リタルノミナラス契約ハ結局失効スルニ至ルヤモ知レサルカ如キ事態ヲ生シタル場合ニ於テ当事者尚此ノ長期ニ亘ル不安定ナル契約ノ拘束ヨリ免ルルコトヲ得スト解スルガ如キハ信義ノ原則ニ反スルモノト謂フヘク従テ斯カル場合ニ於テハ当事者ハ其ノ一方的意思表示ニ依リ契約ヲ解除シ得ルモノト解スルヲ相当トス(注8)
事情変更による解除を一般論として認めた判決として引かれます。ただし、この判決自体が解除権の発生を認めたわけではありません。原審が上告人の主張を排斥したことを審理不尽または法律の解釈の誤りとして、破棄差戻しをしたものです(注8)。
最判昭和29年2月12日民集8巻2号448頁は、戦災による住宅事情の変化を理由に、和解契約の解除が主張された事案です。
いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除權を認めるがためには、事情の変更が信義衡平上当事者を該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解すべきであつて、その事情の変更は客觀的に觀察せられなければならない(注9)
そのうえで、契約締結の当時と原審口頭弁論終結の時との間に戦災等のため住宅事情の相違があるからといって、直ちに解除権を容認しなければならない信義衡平上の必要があるとは認められないとして、解除を否定しました(注9)。
最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁は、のり面の崩壊が続いたゴルフ場について、約130億円をかけた改良工事の後、会員の優先的優待的利用権を認めることは信義衡平上著しく不当だとして、事情変更の原則の適用が主張された事案です。
事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである(注10)
最高裁は、原審が営業を譲り受けた会社についての予見可能性だけを説示し、契約締結当時の当事者であるゴルフ場造成会社の予見可能性および帰責事由を検討していない点で、既に是認できないとしました(注10)。
さらに踏み込んで、自然の地形を変更しゴルフ場を造成するゴルフ場経営会社は、特段の事情のない限り、のり面に崩壊が生じ得ることについて予見不可能であったとはいえず、また、これについて帰責事由がなかったということもできない、と述べています(注10)。自然の地形に手を加えて建設された施設は、将来にわたり災害の生ずる可能性を否定できず、防災措置を講ずべき必要の生ずることも全く予見し得ない事柄とはいえないから、というのが理由です(注10)。
3件を並べると、要件が見えてきます。契約の基礎とした事情に変更が生じたこと。その変更が契約締結当時の当事者にとって予見不可能であったこと。変更が当事者の責めに帰することができない事由によること。そして、当初の契約に拘束することが信義衡平上著しく不当であること。この4つです。
3 予見可能性の壁が、実際にはほとんど越えられない
要件を並べれば通りそうに見えますが、実際は違います。
最判平成9年7月1日で注目すべきなのは、予見可能性のハードルの置き方です。ゴルフ場ののり面が崩れるかどうかは、造成した時点で個別に予測できるものではありません。それでも最高裁は、自然の地形を変更して造る以上、災害が起こり得ることは予見の範囲だとしました。事業として引き受けたリスクは、予見できたものとして扱われる、という構造です。
冒頭の原材料高騰の例に戻ると、この点が響きます。長期供給契約を結ぶ事業者は、価格変動があり得ることを知って結んでいます。値上がりの幅が想定外であったとしても、値上がりという事象そのものが予見不可能であったとはいいにくい。
もっとも、継続的契約や長期の契約における条件変更には、抽象的には事情変更の予見可能性があるといえるものの、具体的に事前の対処は困難であるという、別の側面があります(注11)。
三 解釈:なぜここまで厳格なのか
厳格さの理由は、この法理が何をする法理なのかを見ると分かります。
事情変更の法理には、一部無効と同様、裁判官による契約内容の改訂という側面があることは否定できません(注12)。当事者が合意した内容を、裁判所が事後的に手直しする。契約自由の原則と正面からぶつかります。
そして、明文化の審議でも、この点が根強い懸念として示されていました。裁判外における紛争を惹起しかねないという意見です(注3)。条文があれば、交渉の場でこれを持ち出す当事者が増える。要件が抽象的である以上、持ち出された側は反論に手間がかかり、支払や納入を止める口実として使われかねません。
もっとも、明文化を見送ったことがこの法理を否定したわけではありません。具体的妥当性確保の観点から、同法理により救済されるべき事例が存在し、その必要性があることは否定できず、判例・学説上も存在すること自体については争いがありません(注12)。明文化に向けてその外延を画するべく具体的な検討を進めていった場合、未だ立法化に適するだけの十分な議論が詰められていない状況であったといえるのではないかと考えられます(注12)。
事情変更の法理の適用事例につき全て契約内容の解釈によって処理できるとする見解は過度の擬制を生じさせるおそれがあり、むしろ裁判官のフリーハンドによる判断に委ねる結果となる危険性があるのではないか、との指摘もあります(注12)。
つまり、法理としては残っている。しかし裁判所は謙抑的に運用する。この前提で契約書を書くことになります。
四 契約実務への還元
1 条項を置くという選択
判例に頼れないなら、契約で作るほかありません。
当事者のいずれの責めにも帰すことができない事由が生じた場合において、これによる債務の履行遅滞または不履行について免責するのみならず、契約内容を変更する旨を定めることも考えられます(注13)。不可抗力条項において免責事由として挙げられる事由が生じた場合に、免責または解除のみならず、契約内容が変更されることを契約書に定めることにも一定の意味があります(注14)。
国際契約では、これを独立の条項として置くことがあります。ハードシップ条項です。通常当事者が想定していないような状況、たとえば急激な物価上昇といった状況が生じ、当初の契約条件に沿って当事者が契約を履行することが著しく困難になった状況において、契約条件を変更するべく当事者に協議・交渉をすることを義務付ける条項をいいます(注15)。
不可抗力条項との違いは2点あります。ハードシップ条項が定めるのは免責ではなく、主として当事者に対する協議・交渉義務であること。そして、不可抗力条項が想定するのが履行の不可能であるのに対し、ハードシップ条項は契約の経済的均衡が失われた場合を想定していることです(注15)。
日本国内の当事者間における契約書においては、ハードシップ条項が不可抗力条項と区別して設けられることはほとんどみられないようだ、ともされています(注15)。国内の契約では、契約内容の変更を定める条項自体それほど多くはありませんが、長期の建築工事請負契約などでは、代金額の変更請求という形で入っている例があります(注16)。
2 代金変更請求権として書く
実際の例が、建築工事の請負契約にあります。契約期間が長期間にわたることの多い建築工事請負契約などにおいては、法令の制定や経済事情の激変が生じた場合に、代金の変更請求権を認める旨を定めている例があります(注16)。
e 契約期間内に予期することのできない法令の制定もしくは改廃または経済事情の激変などによって、請負代金額が明らかに適当でないと認められるとき。 f 長期にわたる契約で、法令の制定もしくは改廃または物価、賃金などの変動によって、この契約を締結した時から1年を経過したのちの工事部分に対する請負代金相当額が適当でないと認められるとき。(注16)
民間(七会)連合協定工事請負契約約款29条の一部です(注16)。fが実務的によくできています。期間の経過という客観的な事実を条件に組み込むことで、予見可能性の議論を回避しているからです。1年を超えて続く工事について物価が動いたなら請求できる、と書いてあれば、その変動が予見できたかどうかを争う必要がありません。
事情変更の原則の要件のうち、実務で最も突破しにくいのは予見可能性です。契約でこれを外せるなら、その方が確実です。
3 再交渉義務は、書き方で強さが変わる
協議・再交渉を義務づける条項は、置く価値があります。ただし、置いただけで何が起きるかは詰めておく必要があります。
改正審議でも、この点が議論されました。再交渉義務が発生するとすることについては、濫用の危険を増加させるものとして反対意見が述べられ、それに伴い、具体的に何をもって再交渉義務が果たされたとするのかといった問題が提起されました(注17)。また、再交渉義務については、当事者による紛争解決を硬直化させるおそれがあるという意見があり、効果ではなく解除等の手続要件とすべきではないかという意見も出されました(注18)。
義務違反の効果についても、複数の見解があります。改訂に利益を有する当事者の相手方が違反した場合は請求どおりの改訂を認め、改訂に利益を有する当事者自身が違反した場合は改訂請求を否定・制限する見解、違反者に損害賠償責任を認める見解、違反者の解除権を制限する見解、義務違反に対する制裁はなく裁判所が解除や契約改訂を判断する際に考慮できるとする見解です(注19)。
議論が割れているということは、条項に「協議する」とだけ書いても、違反したときに何が起きるかは決まらないということです。そこで、次の3つを書き込みます。
- 発動の入口を客観的な事実で決める(一定の指標が一定割合を超えて変動したこと、一定期間が経過したこと)
- 協議の期限を切る(申入れから何日以内に協議を開始し、何日以内に結論を得る)
- 期限内に合意に至らない場合の帰結を書く(自動改定、解除権の発生、従前条件での継続のいずれか)
3つ目が要です。期限を切らない協議義務は、交渉を止めるだけで何も動かしません。改正審議で出された、紛争解決を硬直化させるおそれという懸念は、まさにこの形の条項に向けられたものです。
4 不可抗力条項では足りないことを、前提にする
最後に、切り分けを確認しておきます。
不可抗力条項が扱うのは、履行ができなくなった場合の責任です。値上がりして採算が合わなくなった場合は、履行はできます。不可抗力条項の免責事由に「原材料の調達困難」を書き込んでいても、それは調達できないことであって、高くても買えることとは違います。
経済的な事情の変動に備えるなら、免責の話とは別に、代金の見直しの手続を書く必要があります。書いていなければ、事情変更の原則に頼ることになり、その見込みが薄いことは二と三で見たとおりです。
参考文献等
註
(注1)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)615頁。同書は我妻栄ほか『我妻・有泉コンメンタール民法──総則・物権・債権〔第8版〕』(日本評論社、2022)23頁を引きます
(注2)前掲注1・615頁
(注3)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『債権法の未来──改正が見送られた重要論点』(商事法務、2023)1頁
(注4)前掲注3・1頁。同書は部会資料81-3〔7頁〕を引きます
(注5)前掲注3・2頁に掲げられた中間試案(第32 事情変更の法理)
(注6)前掲注3・18頁
(注7)前掲注3・2頁
(注8)大判昭和19年12月6日民集23巻613頁(昭和19年(オ)第420号、LEX/DB文献番号27500030)
(注9)最判昭和29年2月12日民集8巻2号448頁(昭和27年(オ)第751号)
(注10)最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁(平成8年(オ)第255号)
(注11)前掲注3・17頁注62
(注12)前掲注3・18頁
(注13)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)95頁
(注14)前掲注13・96頁
(注15)前掲注13・98頁のColumn「ハードシップ条項とは」
(注16)前掲注13・96頁の記載例⑥
(注17)前掲注3・15頁
(注18)前掲注3・15頁。同書は部会資料24を引きます
(注19)前掲注3・15頁。同書は部会資料19-2を引きます
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