一 問題の所在:書いた免責はどこまで効くか
契約書に免責条項を置き、相手方も署名した。それでも、いざ紛争になると条項が適用されないことがあります。
企業間契約の損害賠償条項では、責任の制限や一部免責を含む例が多くみられます。裁判例において責任を制限する条項は有効と判断される傾向にありますが、一部の裁判例では無効と解されている場合もあります(注1)。
この記事が扱うのは、その分かれ目です。どこまでなら書いたとおりに効き、どこから先は効かないのか。
結論を先に述べると、分かれ目は債務者の帰責の程度に置かれています。軽い過失なら免責でき、故意なら免責できない。その間にある重過失をどう扱うかが、実務でいちばん問題になります。
二 制度の枠組み
1 免責条項の一般的な規定は民法にない
まず出発点を確認します。民法は免責条項や責任制限条項について一般的な規定を設けておらず、これらの条項は公序良俗又は信義誠実の原則に反しない限り有効です(注2)。
つまり、免責条項の効力を正面から決める条文が存在しません。民法90条と民法1条2項という一般条項が、その役割を引き受けています。公序良俗(民法90条)や信義則(民法1条2項)に基づいて、損害賠償責任の過度な免責や過大な損害賠償額の予定等が無効とされることがあります(注3)。
法令の側から免責を縛る規定がまったくないわけではありません。運送契約では、旅客の生命または身体の侵害による運送人の責任を免除・軽減する特約を、原則として無効としています(商法591条1項)。しかし、企業間の一般的な契約についてはそうした規定がなく、一般条項に委ねられます。
2 公序良俗と信義則は、どう使われるか
一般条項に委ねられている以上、無効になる場面をあらかじめ線で示すことはできません。裁判例が積み上げてきた輪郭は、次のようなものです。
判例では古くから、債務者に故意がある場合にも免責を認める契約条項は無効であるとされています(注4)。反対に、債務者に軽過失がある場合に免責を認める契約条項については、これまでの裁判例では基本的に有効とされています(注5)。
軽過失免責が有効とされた例として、証券取引所の取引参加者規程が定める免責規定の事案があります。裁判所は、この規定を市場の施設の利用に関して生じた損害全般についての軽過失免責を定めたものと解し、免責規定には基本的な義務を怠った場合を除外する定めがないとして、取引参加者との間では債務不履行責任のみならず不法行為責任をも対象としたものであることは明らかだと述べました(注5)。免責規定が広く読まれた例です。
問題は、その間です。債務者に重過失がある場合に免責を認める契約条項については、運送契約等の約款の有効性に関する裁判例などが存在するものの、統一的な解釈は示されていません(注6)。
3 学説は、重過失も免責できないとする
裁判例に統一がない一方で、学説の側は方向が定まっています。故意又は重過失の場合まで損害賠償責任の免責を認める契約条項は契約解釈上適用されるべきではないとの見解や、そのような契約条項は公序良俗に反し無効であるとの見解が多数を占めています(注7)。
契約実務では、この学説の方向に沿って条項を組むのが安全です。裁判所が重過失の場面で免責条項を適用しなかった例は、後に見るとおり複数あります。
三 解釈:なぜ故意・重過失には及ばないのか
1 条項の趣旨から限界を引く
裁判所は、免責条項を無効にするより、条項の射程を限定する形で処理することが多くあります。その論法は、条項が置かれた趣旨から限界を導くというものです。
システム開発の委託契約で、個別契約の契約金額を賠償の上限とする条項が争われた事案があります。裁判所は、この条項には料金を低額にするという機能があり一定の合理性があるとしたうえで、次のように述べました。
上記のような本件基本契約29条2項の趣旨等に鑑みても,被告(その従業員を含む。以下,この(2)項において同じ。)が,権利・法益侵害の結果について故意を有する場合や重過失がある場合(その結果についての予見が可能かつ容易であり,その結果の回避も可能かつ容易であるといった故意に準ずる場合)にまで同条項によって被告の損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の意思に合致しないというべきである(注8)
条項が合理的である理由(料金を下げる機能)は、そのまま条項の限界を決めます。料金を下げるために置いた条項なのだから、料金の設定と無関係な故意・重過失の場面まで及ぶとは当事者も考えていなかったはずだ、という筋道です。
企業再生のアドバイザリー契約でも、同じ構造の判断が示されています。賠償額を業務委託報酬の範囲に限定するという条項の趣旨に照らすと、その責任制限の合意は受託者に故意又は重大な過失がある場合には適用されない(注9)。
2 民法572条・640条が手がかりになる
条項の趣旨だけでは、なぜ故意・重過失が線引きの位置になるのかまでは説明できません。前記のシステム開発の事案で、裁判所は民法の中に手がかりを求めています。
売買契約又は請負契約において担保責任の免除特約を定めても、売主又は請負人が悪意の場合には担保責任を免れることができない旨を定めた民法572条、改正前民法640条を参照する、と括弧書きで示しました(注8)。
民法自身が、免責特約を認めつつ悪意の場合を外している。同じ考え方を、明文のない一般の免責条項にも及ぼす。この参照は、一般条項による無効という荒い道具を使わずに結論を導くための足場になっています。
3 「重過失」とは何か
線引きの位置が重過失に置かれる以上、重過失の意味が決定的になります。ところが、これが容易ではありません。
最高裁は、失火責任法の「重大ナル過失」について、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すと述べました(注10)。
これに対し、近時の裁判例には、過失を客観的な注意義務違反として捉え、重過失を注意義務違反の程度が顕著である場合と判示するものもあります(注11)。
その裁判例は、両者の関係をこう整理しています。
今日において過失は主観的要件である故意とは異なり、主観的な心理状態ではなく、客観的な注意義務違反と捉えることが裁判実務上一般的になっている。そして、注意義務違反は、結果の予見可能性及び回避可能性が前提になるところ、著しい注意義務違反(重過失)というためには、結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であることが要件となるものと解される。このように重過失を著しい注意義務違反と解する立場は、結果の予見が可能であり、かつ、容易であることを要件とする限りにおいて、判例における重過失の理解とも整合するものと考えられる(注11)
いずれの解釈をとったとしても、重過失の有無の判断においては規範的な評価を伴います。そのため、契約締結時点で、具体的にどのような状況において重過失が認められるかを予測することは相当困難です(注12)。
同じ事件の中で結論が分かれた例が、この難しさをよく示しています。証券取引所の免責規定が争われた事案で、裁判所は、売買システムのバグについては、バグの作込みの回避も発見・修正も容易であったと認めることができないとして重過失を否定し、免責を認めました。一方、同じ被告の売買停止義務違反については、その時点で損害発生の予見が可能かつ容易であり、売買停止措置を講じることも要件を具備すれば可能かつ容易であったとして、著しい注意義務違反にあたると認定し、免責を認めませんでした(注11)。
条項の文言は1つでも、義務ごとに結論が変わります。免責条項を書く側から見れば、この条項が守ってくれる範囲は、契約締結の時点では確定しないということになります。
立証の負担がどちらに置かれるかも押さえておく必要があります。この事案で裁判所は、請求する側が重過失があることの評価根拠事実を主張・立証し、免責を主張する側が評価障害事実を主張・立証することになるが、これらを総合勘案して最終的に重過失があるとの評価を導くことは請求する側の責任であると整理しました(注11)。この事案のように、故意・重過失がある場合を除いて免責すると定めた条項の下では、請求する側が重過失まで積み上げなければ賠償を得られません。
四 契約実務への還元
1 「故意又は重過失による場合を除く」を入れる意味
除外を書かなくても、故意・重過失には及ばないと解釈される。それならば、書く意味はどこにあるのでしょうか。
書く意味は、条項の残りの部分を守ることにあります。三の1で見た2つの上限条項の裁判例は、いずれも条項全体を無効にしていません。趣旨に照らして射程を限定し、故意・重過失の場面だけを外し、それ以外では条項を生かしました。
除外を書いておけば、その処理を裁判所の解釈に委ねずに済みます。条項の合理性が正面から争われる場面でも、故意・重過失を外していること自体が、条項が過度でないことの根拠になります。
予見可能性の観点からは、企業間契約において損害賠償額の上限を定める場合には、故意又は重過失があるケースを想定した文言にしておくことが望ましいといえます(注13)。
故意・重過失の除外は、相手方に譲るために入れるのではありません。条項を生かすために入れます。
2 入れなかったときに何が起きるか
除外を書かずに済ませた場合、2つの経路が待っています。
1つは、前記の裁判例のように、解釈で射程を限定される経路です。この場合、条項は残り、故意・重過失の場面でだけ外れます。結果は除外を書いた場合とほぼ同じです。
もう1つは、条項そのものが無効とされる経路です。学説では、故意・重過失の場合まで免責を認める条項について、契約解釈上適用されるべきでないとする見解や、公序良俗に反し無効であるとする見解が多数を占めています(注7)。無効とされれば、条項は軽過失の場面でも使えなくなるおそれがあります。守れたはずの範囲まで失います。
書かないことで得られるものはなく、失うおそれだけが残ります。相手方が免責の範囲を広く取りたいと主張してきた場合でも、故意・重過失の除外は入れておくのが実務の通例です。
3 再委託先の重過失は、自分の重過失として扱われる
免責条項を持つ側にとって見落としやすいのが、実際に手を動かした者が誰かという問題です。
前記の証券取引所の事案では、売買システムの開発を委託された会社の行為が問題になりました。裁判所は、システムの開発は取引参加者に対して市場システムを提供する前提となる行為であるから、開発を委託した以上、開発会社の故意・重過失は被告の故意・重過失と信義則上同視されるという意味において、開発会社は被告の履行補助者ということができると判示しました(注11)。
業務を再委託する契約では、この点が直接に効きます。自社が置いた免責条項は、再委託先の重過失までは守ってくれません。再委託を認める条項と免責条項は、セットで設計する必要があります。
4 「重過失があったものとみなす」条項は効くか
重過失の判断が読めないなら、契約で定義してしまえばよい。そう考えて、「甲が本契約に定める義務のうち、第○条に定める義務を怠った場合は、重過失があったものとみなす」といった条項を置く例があります。
このような条項に規定した具体的な状況が生じたことをもって重過失を認定した裁判例は見受けられません(注12)。むしろ、こうした条項を設けた場合には、当該条項に記載されていない義務に違反したときに重過失が認定されにくくなるリスクがあります。
もっとも、契約当事者間において重過失の有無を判断する際の理解の助けにはなり、その意味で、ある程度契約当事者の予測可能性を担保することはできると思われる、ともされています(注12)。
裁判所を拘束する力を期待するのではなく、当事者間の運用の指針として置く。そういう位置づけであれば、書く価値はあります。
本稿で扱わなかったこと
免責の水準を金額で切る条項は、別稿「責任上限条項の設計と相場」が扱います。本稿の三の1で引いた裁判例は、いずれも上限条項の事案です。
賠償の範囲を損害項目で絞る条項は、別稿「賠償範囲を限定する条項の設計」が扱います。
免責条項が不法行為責任にも及ぶかという問題は、別稿「債務不履行責任と不法行為責任の関係」が扱います。本稿の三の3で見た証券取引所の事案でも、免責規定は債務不履行責任と不法行為責任の双方について適用が判断されています。
BtoC取引では、消費者契約法8条が全部免責と一部免責を類型で無効としており、本稿の一般条項による処理とは枠組みが異なります。別稿「消費者契約法による規制」が扱います。
参考文献等
註
(注1)阿部・井窪・片山法律事務所編著『企業における裁判に負けないための契約条項の実務』(青林書院、2023)40頁
(注2)同41頁
(注3)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)609頁
(注4)前掲注1・41頁。同書は大判明治45年3月23日民録18輯284頁および大判大正5年1月29日民録22輯200頁を挙げます
(注5)前掲注1・41頁。同書は東京地判平成21年12月4日判タ1322号149頁(平成18年(ワ)第23958号)を挙げます
(注6)前掲注1・41頁
(注7)前掲注1・41頁
(注8)東京地判平成26年1月23日判時2221号71頁(平成23年(ワ)第32060号)
(注9)東京地判平成25年7月24日判タ1403号184頁(平成23年(ワ)第3608号)
(注10)最判昭和32年7月9日民集11巻7号1203頁(昭和27年(オ)第884号)
(注11)東京高判平成25年7月24日判タ1394号93頁(平成22年(ネ)第481号・第1267号・第1268号)。同判決に対する上告は棄却され、上告受理の申立ても受理されませんでした(最決平成27年9月3日(平成25年(オ)第1869号ほか、LEX/DB文献番号25541403))
(注12)前掲注1・42〜43頁
(注13)前掲注1・54頁
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